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恵比寿の老舗メキシカン「エルリンコンデサム」のオーナーの波乱万丈人生

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アミーゴ!!

来年・再来年メキシカンブームが来る!

と豪語している恵比寿新聞でございます。

根拠はありません。英語で言うと

「CONKYOLESS」(コンキョレス)

さて、この「メキシカン」を恵比寿で語るうえで

外してはいけないお店があります。

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エルリンコンデサム

恵比寿で1997年から営業するメキシコ料理店

「エルリンコンデサム」でしょう。

ここに来た人いますか?

来た方ならご承知だと思うんですが

こちら「LIVEも楽しめるメキシコ料理店」

でありまして、名物店主の「サム・モレーノ」氏が

情熱のメキシコ音楽を歌い上げるという

恵比寿では鉄板のエンターテーメントメキシカン

なのであります!!実はこちらの店主

サム・モレーノさんの歩んできた人生が

当時としては非常に自由でありサバイバルな

経歴をお持ちで一度是非取材させてもらいたい

とお願いしてやっとのことで実現。

それでは登場していただきましょう!

褐色のランチェラ歌手サム・モレーノさんです!

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どうも。サム・モレーノです

恵比寿新聞
サムさん。まじで光栄です。生ける伝説。褐色のランチェラ歌手。恵比寿のレジェンド「サム・モレーノ」に直接取材できるなんて。ワクワクです。

サム・モレーノ
いやいや。本当にありがとうございます。

恵比寿新聞
それではまずインタビューを始めたいと思うのですが。お生まれはメキシコのどの辺りなんですか?

サム・モレーノ
ん?生まれは名古屋ですよ。

恵比寿新聞
あぁ~。メキシコにも「ナゴヤ」って町があるんですね。

サム・モレーノ
いや。愛知県の名古屋。

恵比寿新聞
うぇ?

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実はサムさん日本人

恵比寿新聞
えーー!!???うそーーーーん!!!!日本人だったんですか!?

サム・モレーノ
はい^^長谷川修って名前なんですよ。

恵比寿新聞
恵比寿の街ではメキシコ料理店のメキシコ人名物オーナー的なイメージが強かったんですが。

サム・モレーノ
実は純粋な日本人なんですよ。

恵比寿新聞
ちなみに年齢をお聞きしてもよろしいでしょうか?

サム・モレーノ
70歳です。

恵比寿新聞
えーーーーー!!!???全部がウソに聞こえるーー!!!!

サム・モレーノ
ほんと(笑)ほんと(笑)

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人生を変えた音楽との出会い

恵比寿新聞
70歳という事は1940年代のお生まれという事ですよね。そんなサムさん、メキシコの音楽と出会ったのはいつ頃なんですか?

サム・モレーノ
私が中学校の時ね。雨が降り出して傘持ってなくてデパートに入ったんですよ。偶然デパートのレコード店で「レコードコンサート」をやっていてね。その時にかかっていたレコードに衝撃を受けたんですよ。「なんなんだ!?この旋律は?」と。

恵比寿新聞
当時サムさんが中学校であればエルビスプレスリーや坂本九さんなどの音楽が主流の時代に旋律を受けたレコードって何だったんですか?

サム・モレーノ
その時聞いたのがトリオロス・パンチョスとペレス・プラードだったね。その時はびっくりしましたよ。

恵比寿新聞
じゃあ雨が降ってなければ今ここにはいないという事になりますね。。

サム・モレーノ
晴れていたら僕はテニス選手になっていたかもしれません^^というのはラテン音楽に目覚めて高校三年生でギターを始めたんですよ。当時僕はテニスの特待生で日々練習に明け暮れる毎日だったんですがテニスよりギター。ラテン音楽の素晴らしさに虜になって行ったんですよ。大学に入ってもテニスがおろそかになりギターばかり触ってましたね。

恵比寿新聞
ラケットをギターに持ち替えてですね。

サム・モレーノ
そして大学3年まで行って夢を求めて東京めがけて家出したんですよ。

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家出して東京へ上京

恵比寿新聞
でも大学辞めて家出するって相当な覚悟だったんですね。

サム・モレーノ
夢を叶えたかったんですよ。メキシコに行くぞ!って夢をね。中学時代の仲間の家に居候しながら新宿伊勢丹に有る「エル・フラメンコ」ってお店でウェイターのバイトしながら生活していたんだけど全然お金が貯まらなくてね。これじゃだめだってことで新聞配達したり昼はデパートの掃除・夜は新宿歌舞伎町にある「バレンシア」ってレストランで朝5時まで働いてたんだよ。

恵比寿新聞
全然寝る暇もないじゃないですか?

サム・モレーノ
寝る暇を惜しんで夢を叶えたかったんですよ。当時新宿のバレンシアで知り合ったギター弾きの人に誘われて池袋にある店でギターを弾かせてもらうようになって当時「トリオ・トウキョウ」というバンドを組んでました。メンバーはエンリケイワオ・オザワアキラ・そして僕。

恵比寿新聞
当時としてはメキシカンのバンドなんて珍しかったんじゃないですか?

サム・モレーノ
そんなことないですよ。1950年~60年代に一時期ラテンブームがあって活況でしたよ。そうこうしているうちにお金もたまって1972年に念願のメキシコに音楽の勉強をするために向かったんですよ。

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500ドルを握りしめメキシコへ

恵比寿新聞
1972年と言えば海外旅行なんてものすごく高かったんじゃないですか?

サム・モレーノ
そうですね。当時1ドルが320円の時代で飛行機代が高くてね。往復は買ったんだけどメキシコに着いてから帰りのチケットは売る予定だったから500ドル握りしめて行きましたよ。

恵比寿新聞
帰る気ぜんぜんなかったんですね(笑)

サム・モレーノ
はい。まずメキシコシティーに到着してから1ヶ月間ヒッピーバスに乗ってユカタン半島を旅行したんです。

恵比寿新聞
マジカルミステリーツアーですね(笑)

サム・モレーノ
そこで僕の人生を変える衝撃の音楽に出会ったんですよ。

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メキシコの田舎歌ランチェラ

サム・モレーノ
旅を続けて最初に降り立ったのがメリダという町でそこでメキシコの田舎の郷土音楽「ランチェラ」に出会ったんですよ。それが素晴らしい音色と情熱でね。魅せられて旅は続けたんだけどまたメリダに戻ってホストファミリーにランチェラをたくさん教えてもらったんですよ。

恵比寿新聞
いきなり初めてのメキシコで最初の旅で一生が変わる音楽に出会えるってすごいですね・・・・

サム・モレーノ
本当にお世話になりました。「ランチェラを日本にしっかりと持って帰るからね!」と約束して別れました。そうこうしているうちにお金も尽きてどうしようとなっていた所メキシコシティーにある日本人学校で欠員が出たという事でそこで仕事をさせてもらうことになり音楽の勉強をする傍ら働いてしのいでいました。

恵比寿新聞
ビザとかどうしていたんですか?

サム・モレーノ
ビザの期限になるとアメリカのエルパソに行ってまたメキシコシティーに帰るという流れですね。そんな生活を続けていたら友達のアーティストが「アメリカは稼げるよ~」という話を聞いてですね。これは行ってみようという事になり単身アメリカはロサンジェルスに行くことになったんですよ。

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サムモレーノ・アメリカ時代

恵比寿新聞
ロサンジェルスはメキシカンコミュニティーが沢山ある場所ですね。イーストLAとか。

サム・モレーノ
そうです。しかし僕は日本人。仕事を探せば毎週日曜日に「紅葉」という日本料理店があってそこで歌わせてもらうことになったんですよ。でもね。

恵比寿新聞
でもね?

サム・モレーノ
当時私はメキシコ音楽にどっぷり漬かっていたんです。お店でランチェラを歌おうもんなら「おい!この日本人メキシコの音楽を歌ってやがる!」と怒られることもしばしば。なので懐かしの日本歌謡を歌いながらラテンのナンバーも入れて歌っていたんですよ。

恵比寿新聞
いわゆる職業歌手というやつですね。

サム・モレーノ
そうそう。でもこれが向こうでウケてね。単身日本に来ているサラリーマンの人たちに懐かしい日本の歌を歌ってあげれば故郷を思い出させてくれると。もうこれはお役目だと思いましたよ。歌う店も増えました。当時は「サム・長谷川」という名前で歌ってました。

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サム長谷川ブレイク時代

恵比寿新聞
ラテンも歌える日本人歌手ってことですね。

サム・モレーノ
当時はレストラン野田というハリウッドにあるお店でよく歌ってました。ラテンナンバーや懐かしの日本の歌。沖縄民謡だって歌いましたよ。儲かりましたね~(笑)ここで初めてお金の稼ぎ方を覚えたんですよ。

恵比寿新聞
儲かったんですね・・・その後は?

サム・モレーノ
結構お金が入ったので歌ってはヨーロッパに4ヵ月旅行行ってお金が無くなればまたロスに戻って4ヵ月働いて。またお金が貯まれば南米に4ヵ月旅行に行っての生活でした。そんなことをしていると次第にライバルも出てきてふと思い出したんですよ。メキシコに初めて降り立ってランチェラを教えてもらった家族のことを。「日本にランチェラを広めるからね!」と約束したあの気持ちはどこに行ったのかと。

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ランチェラを広めるべく日本へ

恵比寿新聞
サムさん。その時どうしたんですか?

サム・モレーノ
日本に帰って勉強したランチェラを広めようと思ったんですよ。それが1975年。今から40年前。

恵比寿新聞
日本に帰らなくても稼げたのに。もしかしてアメリカで大成功していたかもなのに。

サム・モレーノ
自分の夢を叶えるために大学も辞めて来たわけですから。そうそう。当時儲かっていたので200万円ほど握りしめて帰ってきました(笑)

恵比寿新聞
500ドル握りしめて出たのに帰りは200万円握りしめて帰ったんですか?勝ちじゃないですか(笑)

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そうは甘くなかった日本

恵比寿新聞
帰ってきてまず何をされたんですか?

サム・モレーノ
いや~もう帰ってきたら鳴かず飛ばずですよ。人生そう甘くないよね。日本で旗手を上げようとしたけど1年ももたなかったんでまた世界中に旅行に出かけたんですよ(笑)インド→アフガニスタン→イラン→トルコ→エジプト→ギリシャ→インドに戻った時にはお金が無くなって。

恵比寿新聞
その流れ多いですね(笑)

サム・モレーノ
生きていくのは厳しいね(笑)その後帰国して歌舞伎町でギター弾きの仕事をしながら神楽坂に有った「ハッピージャック」という店で「メキシコの心をうたう」というイベントを3ヶ月に1回開催していたんだよ。何年もコツコツとメキシコのランチェラを歌い続けていたんです。その事が朝日新聞に取り上げられてね。

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きっと誰かがちゃんと見ていてくれる

恵比寿新聞
継続は力なりなんですね。

サム・モレーノ
朝日新聞で取り上げられたことが切っ掛けで色々と声がかかってね。六本木に当時できた本格派メキシコ料理店の歌い手として活動したり代官山にある老舗メキシコ料理店「ラ・カシータ」でも「メキシコの心をうたう」で歌わせてもらったこともありますよ。メキシコのランチェラという音楽でドンドン人とつながっていきました。

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世界マリアッチ大会に参加

サム・モレーノ
その後レコードも出しまして、1994年に世界中のマリアッチが集まる「世界マリアッチ大会」に日本から8名で参加したんですよ。その時に「日本にも本物のマリアッチが居た」と沢山ほめてもらいました。

恵比寿新聞
で1997年に恵比寿にエルリンコンデサムをオープンさせたんですね。

サム・モレーノ
そうですね。ここまで話するの長かったね。どうもありがとうね。そろそろお店がオープンだから食べていけば?うちの自慢のメキシコ料理。うちの奥さんが作ってるんだよ。

恵比寿新聞
え!?サムさん奥さんがいらっしゃるんですね!

サム・モレーノ
しかもうちの奥さんはダンサーなんですよ。あとで見せてあげるからね^^

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インタビューも終わったことなのでまずは一杯。

メキシコのビールと言えば

バハカリフォルニア・テカテ市発祥の

メキシコで一番人気のビール「テカテ」

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そして出てきましたこちらタコス!

チキンとカルニータス(豚肉)!!

実はエルリンコンデサムの味は

サムさんの奥さんでもあります

ルミさんが本場メキシコに料理修業し

本格的な味が伝わっているのだそうな。

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このメキシカンタコスに辛めのサルサを

かけて頬張りつつビールで流し込めば

最高の瞬間が訪れます。うまい~!!!

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エンチラーダス

このトルティージャでチキンを包んで

その上からたっぷりとトマトソースを

サワークリームを乗せた濃厚なお味の

逸品。ビールが進みます。

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そろそろはじまりますね

エルリンコンデサムでは1日2回ほど

サムモレーノのランチェラショーがあります。

エキゾチックで哀愁漂うメキシコの歌。

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インタビュー後に聞くサムさんの歌声は

なんかこの70年間の歴史を感じる

とても考え深いものでした。

1つの音楽に魅せられて今も歌い続ける

サムさん。そんな人生にあこがれるな。

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そして奥様ルミさんのダンスがはじまりました。

ルミさんなんと恵比寿出身!!!

隣で踊るのはオマールリオスさん。

実はオマールさんにも素敵なエピソードが。

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こちらオマールリオスさん。

メキシコではプロのダンサーとして活躍。

5年前にクシャクシャのエルリンコンデサムの

ショップカードを持って来店。

一度日本に訪れた時の印象が強く

再来日した時に働かせてほしいと志願して

今もエルリンコムデサムで働いている。

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恵比寿文化祭に出てほしい!

毎年10月の3連休で開催される

恵比寿の人たちが出演するイベント

「恵比寿文化祭」に出演してもらいたい!

サムさんに相談したら二つ返事でOK!

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今年は10月8日・9日・10日で開催。

あ!そうそう!!皆さんも恵比寿文化祭に

出演してみませんか!?って急か(笑)

恵比寿文化祭では「まちの音楽家」

「まちのダンサー」「まちのモデル」さんを

大募集しております。詳細はこちら

恵比寿文化祭2016応募ページ

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話はそれましたが

是非本場メキシコの風を感じたいからは

こちらエルリンコムデサムがおすすめです。

場所は恵比寿東口の坂を下ってリスマチックと

キンコスのある交差点にあるAUショップの

地下にあります^^

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エルリンコムデサム
東京都渋谷区恵比寿4-6-1 恵比寿MFビルB1F
03-3442-1636
休日 日曜日、祝日
営業時間 18:00~24:00

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