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【歴史的】伝説の渋谷氷川神社の「宮神輿」本当に存在しました!

速報

2015年4月29日(水・祝日)
13:00~16:00 渋谷氷川神社にて
氷川神社青年部発会記念行事として境内参道から明治通りを
渡御するそうです!ご覧になりたい方はお見逃しなく!!!

2013年8月24日早朝。こちらは渋谷氷川神社。

2013年に氷川神社大屋根の改修が行われた記念として、明治33年。今から113年前に新調され

戦前に一度だけ担がれたという記録しか残っていない伝説中の伝説「宮神輿」を2013年に

修理し、なんときたる9月1日に担ぐという歴史的な行事が行われます。戦後初だそうです。

今日はその伝説の「宮神輿」が鎌倉の神輿工房から修理されお迎えにいく貴重な機会に

恵比寿新聞同行させて頂きました。早朝の氷川神社では既に地元の先輩方が搬入の算段。

そして車で現在修理が完了した宮神輿のお迎えに。途中、高速の上では横浜の街の

向こうに富士山がお目見えしておりました。縁起が良いな~。

車で走る事1時間。かなり山の山頂まで車を登らせまして車から降りて歩く事3分ほど。

鎌倉の山の奥地にあります神輿工房。その工房は今まで500基以上の神輿を

修理新調された実績のある神輿の親方「古谷晃康」氏の工房であります。

それでは皆さん心の準備はよろしいでしょうか?
恵比寿新聞もずいぶん前から「氷川には伝説の宮神輿があるらしい」と噂として聞いておりました。

 

それは本当に有ったなんて。これは歴史的なスクープでございます。

 

 

それでは宮神輿とのご対面!!!

 

 

 

 

 

 

 

奥様がお美しい!!

そこじゃない!(笑)見てください。皆さん!!伝説じゃなかったんですよ!!

本当に有ったんですよ!!!氷川神社の宮神輿。さかのぼる事だいぶ前。

恵比寿の老舗の飲み屋で聞いた「伝説の宮神輿」の話。

某恵比寿の先輩の話
いやぁ~俺も見たことないし、うちの父親も見たことないし。爺さんだって見たことないんだよ。

先輩ここにありましたよっ!!

幻ではなく正真正銘、本当に有った氷川の宮神輿。全長なんと4尺1寸。都内では戦争の為

これほどのお御神輿は空襲で焼けてしまい明治から現存している宮神輿としては非常に貴重。

1900年、明治33年に製造されたこの宮神輿。修復され113年の歴史からめざめました。

装飾の鳥居はもちろん「氷川大神」屋根に光る紋は「右三つ巴」113年の歴史を感じる質感。

宮神輿の大きさは去年氷川神社例大祭でお世話になった豊神会の内藤先輩と比べてみてください。

高さは約180cmほどですね。重さですが。色々とこの記事を書いている最中に発見したのですが

神輿の大ききは測って良いが

重さは決してロにしてはならない

という言い伝えが。その昔、お祭りの神輿があまりに重かったのでどのくらいあるのかと

重さを量ったことがあったそうです。すると神様が「神の重い軽いをはかりにかけるとは何事か!」

と大変怒り、作物が大不作になったという言い伝えが残っているんです。なので禁句です(笑)

とにかく重いんです!今回8人の男性が持ち上げようとするのですが重すぎて大変。

なのでリフトであげまして、下に台車をかませまして車まで持っていくという作戦になりました。

さて、何キロあるかわからない氷川の宮神輿が持ち上がりました。

台車をかませます。この作業が非常に大変。。精密機械を扱うかのように慎重に下します。

さぁ台車に載った宮神輿を男手8人で車のリフトまで持っていきます。もう冷や汗の連続。

そして凄い威勢のきいた先輩の掛け声。カメラを持つ手も震えました。さすが江戸っ子です。

さて、トラックのリフトまでやっとたどり着きました。もう緊張の連続です。

折角なので恵比寿新聞が映像を撮ってみました。ご覧ください。どうぞ。

見てる方も緊張するでしょ?(笑)

と無事に上がりました宮神輿。トラックに積みました。

さて、ところ変わってこちら渋谷氷川神社前・・・・

大棒と呼ばれる神輿を担ぐための棒を運んでおりますが

長っ!!!!

全長7mの大棒。恵比寿新聞生まれてこの方これほどの大きな担ぎ棒は見たことがありません。

っていうかこの棒がなんと4本もあるって事が超驚きです。

馬もでかっ!!!!

こちら宮神輿を置く馬なのですが。。もうさっきから「でかっ」しか言葉が出ません。。

おぉ!!鎌倉から宮神輿が到着したようですよ。

続々と氏子の皆様が宮神輿を運ぶために移動。やっぱ男の背中ってかっこいいですね。

乗せ方はみましたがどうやって下すんでしょう・・・

まず運ぶための短い担ぎ棒をまず入れまして片方だけ浮かせます。

その間に台車を入れるという物凄くチームワークが要求される場面です。

無事台車をかますことに成功。やはり何十年も神輿を取り扱ってらっしゃっていても

この巨大宮神輿の扱いは皆さん初。しかも修理に出したばかりの宮神輿ですので

非常に慎重に扱ってらっしゃるわけですよ。なので10m移動するにも一苦労。

それではその緊張の作業を動画でご覧ください。どうぞ。

どうです?心臓に悪いでしょ?(笑)

しかし、やはり皆さん掛け声をかけ合い絶妙のバランスで運んでらっしゃる。

本当に感心するばかりです。さて、無事トラックから降りました宮神輿。

慎重に慎重に台車をかませた宮神輿を運びます。

途中参道に入るために台車では行けず。ここからは皆でもって運ぶことに。

ここ、ものすごく緊張しますよね。宮神輿は凄く重いんです。通常4尺1寸の神輿を

担ぐのに大体60人~の人で担ぐもの。それを10人ぐらいで手で持つにも一苦労です。

さて、ここからは恒例の「恵比寿新聞動画」でご覧ください。どうぞ。

どうです?すごい迫力でしょ?(笑)

撮影している恵比寿新聞もなぜか歯を食いしばって歯茎から出血的な。

そしてやっと馬に乗せる所まで行きました。皆さん。こんな大変な事なんです。

私もビックリしましたがそんな簡単に動かせるものじゃないんですね。

今は車などあるから良いですが昔はこれを人手で運んだなんて信じられません。。

ひとまず休憩。トラックからここまで20mほど。かけた時間30分。凄いですね。

さて、休憩時間皆さん宮神輿の観賞。特別に恵比寿新聞も貴重な神輿の細部を見せていただく事に。

この宮神輿ができたのは明治33年。当時の街の方たちの寄付によりこの宮神輿が出来上がったそうです。

それを物語るかのように宮神輿の周りにはその方達の名前が掘られていました。

こちら渋谷広尾町(現在の恵比寿駅前から渋谷橋付近および広尾駅まで)や

渋谷原町(現在の恵比寿南3丁目)山下(現在の恵比寿一丁目)などの文字も見れます。

下広尾や渋谷庁側町などの見慣れない町名も目につきます。

現在祭礼会にもある宮本の名とそして羽澤(現広尾3丁目)の中には「徳川家」の文字まで。

徳川のお屋敷でもあったのでしょうか?ちょっと調べてみますね。

とその他にも表裏に発起人の方や神輿の制作者の方などの彫刻が施されております。

さて、休憩も終え、新調した大棒がしっかりとはまるか、蔵に入る前にチェック。

こちら非常に大変な作業でした。こんな感じです。

そっち入った?!

ほい!きたよー!

そして1本7mもする大棒がしっかりとはまりました!!!

これは大きい!!

とにかくチェックは済んだので元の蔵に戻します。最後のラストスパートです。

朝の7時から運び始めて現在12時。

再びここからは恵比寿新聞動画で臨場感たっぷりの映像をどうぞ。

暑そうですよね?(笑)

そうもうカンカン照り。太陽はどんどん体力を奪っていくのです。

そしてここからは狭い道を入って蔵に持っていくクライマックスです。

もうここは動画を撮る余裕すらない緊張の連続。先輩方の威勢の良い掛け声で

周りもかなり緊張モード。凄い罵声と気合の入った声が飛び交います。

ここからまた台車に乗せて奥へ入れるという作業に。一つでも間違って手を挟んでしまえば

手は粉々になるほどの重量。気が抜けません。辺りもピーンと張りつめた雰囲気に。

そして蔵へと履いていく宮神輿。恵比寿新聞感動して少し涙目。

なんとも言えない瞬間です。

無事帰還しました!!!!

いやいや。すごい!!!4尺1寸の神輿を運ぶのがどれだけ大変な事か。おどろきました。

渋谷氷川神社宮司の田村さんよりご挨拶。

思えば朝から鎌倉まで行き、修理した宮神輿をトラックに乗せ、そして車で戻り

再び氷川神社で慎重に下し、そして人の手で運んだという書くとやるのとでは大違い。

素晴らしい体験をさせて頂きました。貴重な機会を頂きありがとうございました。

そしてきたる9月1日渋谷氷川神社にてこの伝説の宮神輿が戦後初、担がれるそうです。

残念ながら一般の方が担ぐことはできないそうですが静かに見物する事は可能だそうです。

この歴史的な一瞬を遠くからでも良いので拝んでみたいものです。

いや~凄いタイミングで取材してしまいました。本当に素晴らしいです。

この歴史的な出来事を記録出来てうれしい!

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