恵比寿新聞の編集長の日々恵比寿の色んな飲食店へお邪魔してはお料理の話に花が咲いてしまう出来事をショートコラムで紹介する「食歩伝(しょくほでん)」。今日は恵比寿南の通称「丘の上」にあります「5bottles」さん。
そういえば今から丁度9年前に1通のメールが恵比寿新聞に届いた。「ビールとカルピスを混ぜたカクテルを今恵比寿で流行らせようとしている」という人からのメールだった。元々約130年前に今のガーデンプレイスがビール工場だったという事と、恵比寿に本社を置くカルピス(現在はアサヒ飲料)とのかけ合わせは面白いのではないかと一度逢おうという事になった。
彼の名前は鶴田塁。当時はカルピスの社員として働く傍ら、日々恵比寿の飲み屋をプライベートで回り「ビール×カルピス」=「ダブルカルチャード」という名前のカクテルを啓蒙していた。当時からちょっと普通のサラリーマンとは違う雰囲気を醸し出し飲み屋でも顔が広く当時は塁さんの人柄もあってダブルカルチャードを取り入れるお店も多かった。
恵比寿新聞的にはこの街の名前の由来となった「ヱビスビール」と「カルピス」で「エルビス」という名前の方が面白いんじゃないのか?と思ったけど当時サッポロビールの担当者だった(現在は定年退職)S谷さんにやっていい?と確認したら「バカやろう!でもエルビスプレスリーは好きだぞ」と怒られたことがある。
この取材がきっかけで塁さんと知り合う事になる。ほぼ会うのは恵比寿の酒場。会えばこのにこやかな笑顔で「最近どうですかぁ~?^^」と2人でどうやったらダブルカルチャードが流行るかを話し合うような仲になっていた。あともうすぐカルピス社も100年だから一緒にお祝いしようねと言っていた記憶がある。
その後塁さんは仕事の関係で岡山県倉敷市に転勤になるも、恵比寿に帰ってきたら「今なししてます?」とちょいちょい飲むような日々が続いていたがある日「僕カルピス辞めてフルーツサンド屋さんはじめるんです!」という唐突にもほどがある報告を受けた。
そんなこんなで塁さんは倉敷の駅前に無事フルーツサンド屋さんをOPEN。当時の地方局TVも取材に来るなど人気に火が付きそうな矢先。2018年7月10日。あの「晴れの国」と言われていた岡山県に集中的な豪雨が降り、塁さんの暮らす倉敷市などが甚大な被害にあっているという報道を目にする。
その日にジャーナリストの堀潤から連絡があり「今岡山空港の近くで豪雨によって孤立している集落があるそうなので一緒に取材いかない?」という連絡があった。これは塁さんに会いに行かなきゃという事でまずは堀潤の取材のアシスタントとして岡山に入った。
堀潤と共に回ったのは主にテレビや新聞が報道していない地域。当時報道されている地域に救援物資やボランティアの方が集中するという状況もあり、できるだけ報道されていない地域を取材で回り困っている人がいないか?どういう事に困っているのかなどを1日中歩いて取材した。
取材を終えそのまま塁さんと連絡を取り合い倉敷へと向かう事になった。当時塁さんはこんなことを言っていた。
塁さん
うちは真備町(甚大な被害にあった地域)からも近く、氾濫した高梁川、小田川に近いですが、氾濫寸前で免れました。知り合いも何人か被災しており厳しい状況です。ただ、被災していないので、できるだけ普通にしていたく、店は開けてます。お客さんは半数弱ですが頑張ります!!
当時の映像が残っていた。
倉敷駅付近は全くと言ってよいほど被害に遭っていませんでした。岡山県倉敷市と言えば美観地区という有名な観光地として知られる地域。ほぼすべてのホテルがキャンセルに遭い途方に暮れている状況だった。そんな塁さんのお店も客足がぱったり途絶えていた。
そんな状況にも関わらずこの人は自分のお店で作ったフルーツサンドを近隣のお店に配ってた。「みんなで元気出しましょう」と言いながら。それを見て泣きそうになった。その時に「良かったらホテルで食べて」と渡された「たまごサンド」の味が忘れならなくて。
そして、時を経てなんと塁さんが倉敷から帰還し脱サラして恵比寿にお店を出すという連絡が来た。黙って働いていれば生活は保障されるというのに塁さんは大冒険に出るという。場所は「広島お好み焼き ぶち」の石原さんが支店を出していた恵比寿南の丘の上にあった「luck」の跡地だという。
この長い長い旅で習得したフルーツサンドも出しながら飲み屋をやるという話だった。そしてOPENしたのがまさかのコロナ禍に入った2020年8月13日にOPEN。お店の名前は「5bottles」。時短要請、まん延防止措置、緊急事態宣言も経て現在も地元の方に愛されるお店へと着実に成長している。
久しぶりに会ってみると昔の写真と比べると随分あか抜けたな(笑)と思いつつ。やはりやっぱりそうだったのか。あか抜けた理由がわかりました。
素敵な伴侶ができたんだそうな♥塁さんおめでとう。見つめ合う二人。お似合いです。まぁそんなこんなでお互い色々あったよねと振り返りながら目の前に出されたのはあの時、豪雨災害で大変だった最中に食べた「たまごサンド」でした。
ふかふかの柔らかい食パンにはこれでもか!というほど敷き詰められたタマゴ。塁さんの話によるとゆで卵を丁寧に手でほぐし食感を残しつつ、マヨネーズと塩とちょっとだけカルピスが入ってるんだそうな。どんだけカルピス好きなんだよ(笑)もう一つ、できるだけ水分量を減らすことでしっかりとした味わいになるとの事。これがのけぞるほど美味しいんですよ。すべての優しさが詰まったたまごサンドの話でした。