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恵比寿で活動するベリーダンサーRhiaが世界3大コンペティションの一つ「カイロ・ハーン」で最優秀賞

恵比寿のベリーダンススクール

「Rhia Studio」のRhia(リア)さんが

エジプトで11月20日行われた

世界三大コンペティションの1つ

「Nile Group festival in Cairo 」にて

LIVE部門 3位を入賞し、なんとその後

名古屋で11月25日に行われたこちらも

ベリーダンスの世界三大コンペティション

の一つ「カイロ・ハーン」コンペにてなんと

(CD部門最優秀賞・バンド部門2位)

2部門受賞するという快挙を成し遂げた。

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皆さん「ベリーダンス」をご存知ですか?

実は「ベリーダンス」の歴史は非常に古く、

「世界最古のダンス」と呼ばれており

中東およびアラブ圏が発祥と言われています。

日本に渡って来たのは今から約30年前の

80年代からでそのエキゾチックで官能的で

女性の美しさを最大限に表現するダンスは

美と健康を保つとされ昨今急激に

人気を集めているわけです。

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そんな歴史的なベリーダンスの

世界大会の最優秀賞を獲得した

リアさんはなんと「働くママ」。

子育てしながら自分の夢を叶えた

リアさんがどんな人生を歩んできたのか

渋谷にあります日本で唯一の

ベリーダンスとタブラ(エジプト太鼓)の

専門スタジオ「エルサラーム」で

お話を伺いました。

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Rhia(リア)
08’年NYに渡米。ベリーダンスに出会う。
Samara Adell率いるMosaic Dance Companyに従事。
その他Yousry Sharif, Jehan Kamal, Dalia Carella, Kaeshi Chaiの下で学ぶ。
’11年に帰国、東日本大震災があった3/11に帰国したため、指名感をもちチャリティーを行うようになる。
‘12年恵比寿にてピラティス・ベリーダンス専門スタジオRhia☆スタ主催。
‘13年9月TIBCプロフェッショナルオリエンタルソロ部門優勝
‘14年5月男子出産
‘15年4月NYCairoコンペティション参加
‘16年9月名古屋World Bellydance Festival優勝
同年10月マイアミにてRakstar Starlet部門優勝(ww.rhiadance.me)
‘17年4月ハンガリーにてGalaショー出演
’18年11月エジプトNile Group FestivalにてLive部門3位入賞。
同年11月日本初名古屋にて行われた世界屈指の大会Cairo KhanにてLive部門2位入賞、CD部門優勝を果たす。

 

恵比寿新聞
どうもこの度は誠におめでとうございます。恵比寿にとってもこれは非常に嬉しいニュースで駒沢通を封鎖してパレードやっちゃおうかと思うくらいの胸の高鳴りでございます。

Rhiaさん
あはは。ウケル(笑)ありがとうございます^^

恵比寿新聞
えー。なんと言いましょうか。そのナチュラルボーンな美貌とエモーショナルなダンスで昨年11月20日と25日に開催された三大大会の2大会で受賞されるなど、あの世界最速8戦目での飛び級での2階級制覇したバンタム級の王者井上尚弥選手のような経歴をお持ちのリア様にお話を伺えるとはもう感激していつの間にか「様」付けで呼んですみません。

Rhiaさん
あははは。嬉しいです。ありがとうございます。

恵比寿新聞
そもそもリア様がベリーダンスを始めるきっかけになったのはいつなんですか?そのいきさつから詳しく教えてください。

Rhiaさん
そうですね。そもそも昔からダンスが好きだったんですね。バレエ、ヒップホップ、レゲエ、、、などいろいろやってきたんですが小中高と普通の学校に通い大學に行ってそして就職はアパレル会社に入社したんです。そんな最中両親がNYに転勤することになって。当時入社して1年目だったので父について行かずに私は日本に残ったものの、2~3年はバリバリ接客業+αの仕事もして業績もかなり上げたにも関わらずなんと給料は変わらなかったんですよ。

恵比寿新聞
え!?俗にいうブラック?交渉はしたんですか?

Rhiaさん
交渉はしたものの変化はなく、「このままここに居たらだめになる」と思って会社を辞めたんですよ。2008年の時ですね。両親があと1年NYにいるということで、思い切って父親のいるNYに生活拠点を動かしたんですよ。当時趣味でレゲエダンスを踊っていたので、NYでもレゲエのクラスがないかインターネットでさがしていたら、開いた途端ベリーダンスの音楽が流れるHPを見て、「へぇー。素敵だなー」と興味がわいてベリーダンスのレッスンを受ける事になったのがベリーダンスとの出会いですね。

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NYで知った表現

恵比寿新聞
当時ニューヨークではなにをしていたんですか?

Rhiaさん
語学留学ですね。ハンターカレッジという語学学校に通っていて、そこでミシェルトーマスという演劇の先生に出会って人生が大きく変わったというか。彼女は語学留学生に、シェイクスピアなどを1から学ばせ研究しポートフォリオや発表会を経て最後の学期末にお芝居をやり1年を通して1つの劇で語学を学ぶ・伝えるという授業をやっていたんです。

恵比寿新聞
なんかすごく斬新な教え方ですね。。。語学留学を演劇で・・・

Rhiaさん
彼女のもとで2年間学ぶ中で、元々演技などやったことがなかったのですが徐々に表現をする喜びを感じてすこしづつ自分がしたい表現もできるようになりのめり込んでいったんですね。その時先生から言われたのは「あなたは役者になったほうがといい」と言われたとき、「あたしは表現者になろう」と決めたんですね。

恵比寿新聞
語学留学という名の演劇で表現することの素晴らしさを知ったという事ですね。その頃のニューヨークのベリーダンスシーンってどうだったんですか?9.11(アメリカ同時多発テロ)の影響もありアラブ的な表現って偏見があったのかなぁ~?って思いまして。

Rhiaさん
10年前の当時は、NYに10人、マンハッタンには5人ほどしかベリーダンスの先生がおらず、質問にあったNYの9.11から7年も経っていたのでアラブへの強い市民感情だったり偏見、反発が落ちついていたころですね。当時は朝から学校、夕方からどっぷりはまっていたベリーダンス。ベリーダンスってすごく体力を消耗するダンスなんですね。もっとベリーダンスを上達させるためにもっともっと踊りたいから、体を鍛えたいとピラティスを始めるようになったんです。

ニューヨーク時代のRhia様

ニューヨーク時代のRhia様


スキルアップ

Rhiaさん
親のところへ1年というつもりでNYに来てから、ベリーダンスとトーマスに出会いダンスがもっと楽しくなり強くなるためにピラティスをはじめ、、そうこうしているうちに2年も月日が経過していて。生活も7:00-12:00英語 昼ピラティス 夜ベリーダンス 帰宅して宿題をこなして、、このルーティーン。遊ぶ暇もおなくひたすら我武者羅にやっていましたね^^楽しかった。この怒涛の2年間を経て、ニューヨーク生活3年目でピラティスの資格を取ろうと思ったんです。

恵比寿新聞
ピラティスのどんな資格を取ったんですか?

Rhiaさん
Pilatesインストラクター、Fitnessインストラクター, 英会話講師TESOLの資格取りました。実は東京からニューヨークに出てくる時に彼氏が居て、3年間遠距離恋愛してたんですよ。

恵比寿新聞
え!?どういうこと!?

Rhiaさん
私は自分のスキルアップを頑張るからという事で許してくれて3年間遠距離恋愛だったんですが、もう覚えることは覚えたので帰国するよという事でそこで帰国前に結婚を決めたんですよ。

恵比寿新聞
なんて献身的な旦那さんなんでしょう(涙)

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震災が起こる

恵比寿新聞
で。日本に帰ってくると。2011年ですね。

Rhiaさん
それがまさかの帰国当日が東日本大震災の日で。。3月11日ですね。

恵比寿新聞
え!?

Rhiaさん
着陸30分前に地震が起こって、そのまま着陸できず8時間飛行したのち北海道の千歳空港に燃料が無いため着陸してその日は北海道の親戚の家で避難していたんですよ。

恵比寿新聞
なんというタイミング。。。

Rhiaさん
それから月日が経ち、これから日本で自分が学んだことを活かそうと思っていた矢先の地震だったので「私にできることは何だろう?」と思って。そのとき「踊ることでひとの為になりたい」と思ってすぐにインターネットで被災地のチャリティーイベントを検索して「躍らせてください」とお願いに回ったんですね。

恵比寿新聞
ひとりひとりにできる支援ですね。

Rhiaさん
そしてキャンドルジュンさんがやっている「LOVE FOR NIPPON」を見つけたんです。すぐに会いに行き踊らせてほしいと頼んで躍らせてもらえる事に。2年間半年に一度月命日に5.6か所名取などの仮設住宅を周り、キャンドルを地面一面に灯した中ミュージシャンが演奏し私は裸足で踊るというチャリティー公演をやっていたんです。

キャンドルジュンさんが主催されていた「LOVE FOR NIPPON」

キャンドルジュンさんが主催されていた「LOVE FOR NIPPON」

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人前で踊る経験

Rhiaさん
色んな場所に行く都度、「踊りたい、躍らせてくれ」とNYのノリできっかけ作りをしてたんです。

恵比寿新聞
そこで人前で踊るという経験を積んでいったんですね。

Rhiaさん
そうですね。それともう一つ、役者の卵がお客さんと交じりながらお芝居をしている恵比寿のスターズというバーに、たまたま飲みに行った際に何も知らずマスターのマサルちゃんに「おどりたい」と話したところ「踊っていいよ」と言われ。

恵比寿新聞
ちょっとまって。なにそれ!?すごいお店?

Rhiaさん
そうなんですよ。飲んでたら急にお芝居が始まるカウンターバーで(笑)びっくりしますよ。あれは。

恵比寿新聞
それでそれで?

Rhiaさん
スターズのお芝居にダンサーとして2年ほど出演したり、マサルちゃんの先輩川崎麻世さんと出会いまよさんがやっているチャリティーの朗読劇でも東北・大阪公演でダンサーとして出演したりしていました。

恵比寿新聞
おぉー!!!恵比寿と言えば麻世さんですね。

Rhiaさん
そんなスターズのマサルちゃんの紹介もあり、今の「Rhia Studio」も恵比寿にできることになったんですよ。

恵比寿新聞
そうか~。そんな出会いから恵比寿に縁を持ったんですね。

Rhiaさん
そこからピラティスやベリーダンスを教えるスタジオを持つようになり、積極的にベリーダンスのコンペにも出場するようになっていった感じですね^^そしてこどもにも恵まれました^^

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ベリーダンスの世界

恵比寿新聞
それから色んなベリーダンスのコンペティションに出場されるわけですが。

Rhiaさん
そうですね。2016年は名古屋World Bellydance FestivalとマイアミにてRakstar Starlet部門優勝して、2018年にエジプトNile Group FestivalにてLive部門3位入賞とCairo KhanにてLive部門2位入賞、CD部門優勝をしました^^

恵比寿新聞
CD部門とLive部門はどう違うんですか?

Rhiaさん
その名の通り、CD部門は用意されたCDで踊り、LIVE部門はバンドの演奏で踊るというもので、特に「LIVE」は演奏者との息が合う合わないという凄く繊細な部門ですね。

恵比寿新聞
なるほど。演奏者によっても曲のテンポやテンションなども違うからある意味「テレパシー」的な音楽感覚が必要になってくるという事ですね。

Rhiaさん
まさにほんとうにそんな感じなんですよ。でもピッタリ合った時はものすごく不思議な一体感があって。

恵比寿新聞
お子さんもできて今も精力的にベリーダンスのコンペティションに出場して夢を叶える原動力ってなんなんですか?

Rhiaさん
やっぱりニューヨークでもがきながらも我武者羅にやって「これだけ頑張ったらこうやって何かが出来るんだ、という気持ちや表現ということ本当の自分を見せることを怖がらなくていい、怖がっちゃいけないんだ。」という思いがあって。「表現することをあきらめない」ってことかな?って。

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運命を変えた帰国の日の震災。

「自分になにができるのか?」と突き動かされ

「踊ることで人の為になる」と選んだリアさん。

「踊り伝える」という表現を本気で追い求めた

結果の決断が今のリアさんを作り上げている。

 
リアさんのスタジオではママダンサーらしく

こどもたちと一緒に受けられるピラティスや

本格的なベリーダンスのレッスンも行っている。

是非リアさんに会いたい方はレッスンを^^

恵比寿にとっては快挙!おめでとうございます。

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リアスタ
渋谷区広尾1-3-16 
https://rhiadance.me/

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