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【今と昔】恵比寿駅の屋台おゆきさん2


取材協力:写真/白金高輪クーリーズ・クリーク
前回の記事

恵比寿駅前屋台「由紀子」の話の続きです。

町は変貌していきます。恵比寿ガーデンプレイスが出来て

駅前も区画整備を行う事となる。

川内氏
権力とかってさ、ああいう物を潰したいわけで
そういう物を潰してフラットにしたいわけじゃん。
恵比寿だって思惑通り綺麗になったわけだけど
でもね、フラットになる代わりにそうやって個性でやっている
店がやっていけなくなってつぶれて人の集まりも変わっていく
街ってそうやって新しく形成されていくと思うんだけどね。

1994年。恵比寿駅前はガーデンプレイス建設に伴い大幅な区画整備を行った。

この事で屋台「由紀子」も姿を消すこととなる。

川内氏
フラットにすると大手の参入が肝要になるわけで、個人の小さな商店や
昔からやってる店は大きな店に飲まれていくし。住人は便利になると思うけど。
それと取ってつけたような外食産業屋が増えた。恵比寿に限らず。
魂が無いというかさ。コピーがたくさんで。

そしておゆきさんが旅立った時の話に

川内氏
たぶん1999年。寒かった記憶があるね。キリガヤ斎場だったと思うけど
お葬式が有っていったら、金髪やらモヒカンやらふつう喪服なんか着ない
奴らがどっといてね。それでみんな酒が抜けてないのか朝なのに酒臭い。
献杯してたんだろうね。

一作さんのコラムに当時の文章がありました。
おゆきさんが交通事故で亡くなったのは一九九九年の真冬だったと思う。キリガヤ斎場だったか、葬儀場は十年前の自分のような若者たちであふれていた。金髪もいれば銀髪もいる。ドレッドもいればパンクもいた。朝までどこかで飲んでここにやってきたのだろう、みんな酒が抜けていない。夜にしか会わない人種だからこんな時間は恥ずかしい。およそ式と名のつく場所に参加するのが苦手な連中ばかり、東京の夜の底でグルグルしている不良たちが照れくさそうにうつむいて、場ちがいなカンジでボーゼンと浮いている。誰もしゃべらない。長い長い沈黙。あれは何だろう、ああいう沈黙に出っくわすと、なんだか二〇歳の頃を思い出して、言葉というものがただの記号に思えて突然言語障害になる。ナンカそのようなカンカク、地位とか名誉とかにまったく無縁なものだけど、彼らが大切にしていたいもの、つまり、社会で言うカッチョいいことが実はカッチョ悪くて、カッチョ悪いことがホントウはカッチョいいんだということ、六〇を過ぎた山形なまりのおばさんと彼らが共有できていたものは、うまく言えないけれど多分そのようなことだ。 

今回恵比寿屋台「由紀子」の取材を進めて思ったことは

今こんな「粋」ってあるんだろうか?という事。

屋台「由紀子」には漫画家が下宿する「トキワ荘」に似たパワーが

あるんじゃないかな思った。それは偶然ではなくて

そのお店を切り盛りする「人」に魅了された「人」が集まる場所。

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