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恵比寿の名所シリーズ 台雲寺の敵味方の慰霊碑

恵比寿の隠れた名所を紹介する歴史探究コーナー「名所シリーズ」

実は何気にこのコーナー人気がありまして先日もなんと!

渋谷区に住む83歳の御婆ちゃまからお手紙いただきまして感激しております。

ご高齢の方も見てらっしゃるようでビックリしてます。ハイテク御婆ちゃんですね。

御婆ちゃんは戦争経験のある方で当時の恵比寿の事を手紙で軽くでは

ありますが書いていました。

”当時は食べるものが少なくて代官山に畑がありそこからイモを
分けてもらってました。恵比寿は大きな空襲にあって大変でした”

そんな戦争の記憶は僕らにはありません。戦争を知らない子供たちって歌も

ありましたが私たちは本当に知りません。ですが忘れてはいけない

ことでもあります。風化してはいけない事もあると思います。

今回ご紹介するのはタコ公園から渋谷川沿いに広尾に進むと

堂々とした石碑があるのですがこちらは「台雲寺」という立派なお寺。

こちらには様々な歴史的な石碑があります。

軍馬の碑(写真右)

日清戦争で亡くなった軍馬を祀った慰霊碑があります。石碑にはこう書かれています。

「みいくさを の(乗)せるのみかは
かて(糧)をさへ はこぶも馬のちからなりけり」

これは犠牲になった軍馬への追悼和歌が刻まれています。

敵味方の慰霊碑(写真左)

日清戦争で亡くなった日本軍だけではなく相手方の清軍の軍人に対しても

敵味方関係なく供養しようとする明治時代の人の博愛精神が垣間見れます。

そもそも日清戦争とは何が原因で起こったのか簡単に説明すると

朝鮮半島をめぐる大日本帝国と大清軍との戦いで1894年~1895年に起こった

戦争で日本の戦死者17,069人、中国の戦死者35,000述べ約5万人の

犠牲者を伴った大きな戦争でした。実に約120年前の戦争の慰霊碑がここ

恵比寿にあり、敵味方関係なく供養する形の慰霊碑は全国にもあるようです。

二代目歌川国宗の墓

そして注目するべきは江戸時代後期の浮世絵師「二代目歌川国宗」の墓がある事です。

歌川国宗は初代国宗の息子 姓は山下、名は勇蔵。有名な歌川豊国の門人であり

彼の作品は実在している点数だけでも非常に少ないという幻の浮世絵師だそうです。

活動はこちらも有名で世に作品がたくさん残っている「歌川国政」の2代目となり

逸話では国政の烙印で役者絵を描いている事もあるそうですが現存している物は

恵比寿新聞も見た事がありません。上記は歌川国政の浮世絵です。

上記は国宗のお墓になります。国宗は1792年~1857年に生きた浮世絵師です。

現存する物なら見てみたいものです。

絵が上手になりたいと思ってる方は是非お参りに行ってみると良いかもですね。

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恵比寿 台雲寺
住所: 〒150-0013 東京都渋谷区恵比寿1-18-1
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